Дама с Рилаккумой

または私は如何にして心配するのを止めてリラックマを愛するようになったか

2019年に観た邦画ベストテン

2019年に観た邦画ベストテン。

 

1・野村芳太郎砂の器』(1974)

2・森田芳光家族ゲーム』(1983)

3・黒沢清『地獄の警備員』(1992)

4・黒沢清『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(2017)

5・黒沢清『もだえ苦しむ活字中毒者 地獄の味噌蔵』(1990)

6・黒沢清『旅のおわり世界のはじまり』(2019、日・ウズベキスタンカタール)

7・野村芳太郎震える舌』(1980)

8・森田芳光『39  刑法第三十九条』(1999)

9・森田芳光『黒い家』(1999)

10・森田芳光模倣犯』(2002)

 

 

1・野村芳太郎(1919-2005)『砂の器』(1974)

 

 『砂の器』は幾度となく映像化されてきたが、1974年制作の本作を超えるものは永遠に現れることはないだろう。それは構成の素晴らしさのせいでもあるし、時代の移ろいのせいでもあるし、後続の映像作品が差別問題を避け続けているせいでもある。

 後半があまりにも有名であるが、二人の刑事(丹波哲郎森田健作)の捜査を描く前半も見事である。旅をするかのようにゆったりとした、しかしながら同時に執念深い二人が、全く手がかりのないなか徐々に確信に近づいていく全国捜査の過程が、対照的に後半の別の二人の道行を引き立てている。この二部構成は後続の作品でも踏襲されており、橋本忍山田洋次の脚本のうまさに唸る。

 冒頭で、秋田県羽越本線羽後亀田駅の駅舎が映ることからも、本作が旅と鉄道の映画であることが分かる。東京から出張してきた刑事二人が捜査しているのは、東京の国鉄蒲田駅線路内での殺人事件である。撲殺死体の身元は不明で、唯一の手がかりは、事件前に居酒屋で被害者が被疑者と思しき男に語った、東北訛りの「カメダ」という言葉だけであった。

 案の定、羽後亀田駅近辺で聞き込みを行うもめぼしい成果は出ない。それでも捜査は羽後亀田駅蒲田駅から、紀勢本線中央本線木次線へと広がっていく。徐々に被害者(緒形拳)の身元と、あまりにも善良な人柄が明らかになっていく。そして、その合間合間に、一斉を風靡する天才作曲家・和賀英良(加藤剛)の影がちらつく。

 映画の後半は、推理と言語、論理に溢れた前半から一変する。音楽監督芥川也寸志の協力によって菅野光亮が作曲した「宿命」の旋律とともに、父と子の悲劇が展開される。ほとんど台詞が語られることはないが、その間隙を埋めるための知識は、実は前半で周到に準備されている。あとはただ、偏見に晒されていた宿痾に犯された父親(加藤嘉)の窶れた顔の痛々しさと社会を憎み尽くすような子(春田和秀)の眼光の鋭さ、差別の醜さと対照的にあまりにも美しい日本列島の四季に圧倒されるだけである。

 

2・森田芳光(1950-2011)『家族ゲーム』(1983)

 

 『砂の器』が極限状態における家族関係の普遍性を示唆したのに対し、『家族ゲーム』は日常生活における家族関係の異常さを描いている。

 高校受験を控えた中三の沼田茂之(宮川一朗太)の家庭は、茂之の成績の悪さでイライラしている。何人もの家庭教師が辞めていったが、今で言う「Fラン大学」の7年生、吉本(松田優作)が家庭教師としてやってくる。

 この映画の代名詞ともなっている、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を思わせる食卓に代表されるように、家族の不穏さを抉り出すシュールな演出が上手い。

 目玉焼きの食べ方にこだわりがある父の伊丹十三、おかずを一度ご飯の上にのせてから食べる母の由紀さおりも変だが、やはり家庭教師役の松田優作のシュールさが際立つ。松田優作(1949-1989)といえば真っ先に、70年代のドラマ『探偵物語』や『太陽に吠えろ!』における長髪でワイルドなイメージが思い浮かぶが、演技志向を強めた80年代以降の優作は短髪となり、かなり印象が違う。『家族ゲーム』における優作も、暴力教師だがどこか飄々として捉え所がない。

 優作の遺作となったリドリー・スコット監督の『ブラック・レイン』(1989、米)は、アクション映画ながら陰鬱さが目立つ。雨が降り暗鬱な大阪のミナミは、同じスコット監督の『ブレードランナー』(1982、米・香港)を思わせ、製鉄所(新日本製鐵(現・日本製鉄)堺製鉄所)の内外でデコトラが爆走し大量の作業員達が自転車で並走する追跡シーンはジョージ・ミラー監督の『マッドマックス』シリーズを思わせる。この遺作の中で、優作は日米の間で暴走するヤクザを演じ、その兇暴さと空虚さとで共演の高倉健若山富三郎を完全に食っている。

 

3・黒沢清(1955-)『地獄の警備員』(1992)

 

 松重豊の映画デビュー作だが、およそ188cmの松重の巨軀をこれほど恐ろしく活かした作品はない。

 元学芸員の成島秋子(久野真紀子)は、曙商事の美術売買部門に採用される。しかしそこは不採算部門であり他の部署からは冷淡に扱われ、上司の大杉漣のセクハラにもあう。そこに、殺人事件を犯したものの精神障碍を理由に不起訴となった元力士の富士丸(松重豊)が警備員として採用される。

 富士丸はナチスを思わせる外套を着て、停電の中、絵画取引部門の部屋に飾られた、ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』と向かい合う。会社という異様な閉鎖空間の中で追い詰められるホラーにして、無駄に高い芸術性が光る。

 

 

4・黒沢清『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(2017、WOWOW)

 

 『地獄の警備員』の松重豊の系譜に連なるのが、『予兆 散歩する侵略者 劇場版』の東出昌大である。

 友人が自分の父親のことを幽霊だと言い出したことを心配した夏帆は、夫(染谷翔太)の務める病院の精神内科に連れていくが、そこで異様な雰囲気の新任の医師の真壁(東出昌大)に出会う。友人は家族という概念が喪失していることがわかったが原因がわからない。そんな中、真壁が地球を侵略しにきたと夫を脅迫していることに気づく。

 『散歩する侵略者』の原作は前川知大による戯曲であるが、黒沢はこの戯曲を二度映像化している。長澤まさみ松田龍平(優作の息子)版の『散歩する侵略者』(2017)の方は、シュールなホラー(『ドッペルゲンガー』『トウキョウソナタ』など)の系列にあるが、夏帆・染谷翔太・東出昌大版の『予兆 散歩する侵略者 劇場版』の方は、本格的な怖さ(『地獄の警備員』『CURE』『回路』『クリーピー 偽りの隣人』など)を追窮している。同じ戯曲をもとに黒沢の二つの演出を味わえる。

 

5・黒沢清『もだえ苦しむ活字中毒者 地獄の味噌蔵』(1990、関西テレビ)

 

 黒沢清フィルモグラフィーを辿っていくと、常連俳優が案外多いことに気付かされる。

 初期作品の洞口依子Vシネマ時代の哀川翔をはじめとして、役所広司諏訪太朗香川照之などを好んで登場させてきた。最近だともちろん前田敦子となる。

 主役級ではないものの、大杉漣はほとんどの黒沢作品に顔を出している。大杉漣は、北野武ソナチネ』(1993)で有名となったとされているが、それ以前から演劇や(ピンク)映画に多数出演しており、玄人筋からの評価は高かった。

 最後の黒沢作品は、急死の半年前に出演した『予兆 散歩する侵略者』であるが、初めての出演作品『もだえ苦しむ活字中毒者 地獄の味噌蔵』では主役として怪演している。

 作家志望の大杉漣は自著『評論・呪いの藁人形』を、活字中毒者である出版社の編輯者(諏訪太朗)に送りつけ続けるがにべもない。怒り狂った大杉は、地方の味噌蔵に明治時代の雑誌が残されているという手紙で編輯者を呼びよせて、そこに監禁する。

 しばしば大杉の独白が挿入されているが、これが全く抑揚のない、文節を無視した早口の棒読みである。『評論・呪いの藁人形』においても、一切句読点がないということと併せて考えるならば、言語を基盤にした、分節化可能な理性というものに対する脱構築と捉えられるだろうか。ところでかくのごとき一見無茶苦茶な棒読みであっても、どんな内容なのかはしっかりわかるようになっているから、大杉漣の演技の卓越さが窺える。

 「活字中毒」という言葉は原作者の椎名誠が広めたと言われている。読書が趣味というだけならまだ軽症である。外出時には本が読み終わるのが怖くて十何冊もカバンに詰めていき、食べ物の包装の成分表示の文字も読み始めてしまうようになったらもはや治癒の見込みはない。このような活字中毒者が、活字のない味噌蔵に監禁されるとは、想像するだに恐ろしい!

 

6・黒沢清『旅のおわり世界のはじまり』(2019、日・ウズベキスタンカタール)

 

 最近の黒沢清前田敦子は欠かせない。前田は『Seventh Code』(2014)において、東京で出会った男(鈴木亮平)を追って極東ロシアのウラジオストクにやってきた謎の女として主演した。『Seventh Code』は、アンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』(1979、ソ連)の「ゾーン」を思わせるウラジオストクを舞台としていたが、『旅のおわり世界のはじまり』では、旧ソ連構成国であった中央アジアウズベキスタンを舞台にしている。

 テレビレポーター役の前田敦子は、番組の企画でウズベキスタンの湖の幻の怪魚を追うが、一向に見つかる気配はない。計画通りに進まないウズベキスタンのロケにスタッフは苛立ち、前田は焦燥の中、ウズベキスタンの街を彷徨い歩く。

 全篇を通して、前田敦子が文字通り迷子になっているが、前田の変化において、ナヴォイ劇場が重要な役割を担っている。ナヴォイ劇場は、シベリア抑留中の日本人によって建設され、その仕事ぶりで現地の人々を驚嘆させたということで知られるようになったが、黒沢清しかやらないような予想外の演出をしている。

 ところで、この映画のタイトルといい、舞台といい、内容から、満洲の砂漠的環境で育ち、そこで敗戦を迎えた安部公房の第一作、『終りし道の標べに』(講談社文芸文庫)の初版の冒頭に掲げられた言葉を想起させないだろうか。「終った所から始めた旅に、終りはない。墓の中の誕生のことを語らねばならぬ。何故に人間はかく在らねばならぬのか?」黒沢清がこの文章を参照していたとは思えないが、このような根なし草的な思考は通底しているであろう。現に、映画のなかで、ウズベキスタンのテレビから不意に映し出された日本の映像は怖かった。ウズベキスタン前田敦子だけではなく、こちらこそ迷子になっているのではないかと、逆転させられた感じがあった。

 

7・野村芳太郎震える舌』(1980)

 

 人類は決して病気からは逃れられない。『震える舌』は病気の恐怖を容赦なくみせつける。

 渡瀬恒彦ら夫婦の娘が泥地で遊んだことにより、破傷風となり、全ての刺激を遮断した暗室に閉じ込められる。当時死亡率の高かった破傷風との過酷な闘いが始まる。

 こちらもノイローゼにさせるかのような恐ろしい演出が執拗であるが、それによって家族の愛も滲み出ている。

 

8・森田芳光『39  刑法第三十九条』(1999)

 

 刑法第39条は心身喪失者の犯罪を処罰の対象としないと規定している。

 夫婦殺人事件の容疑者として劇団員の柴田(堤真一)が逮捕される。しかし柴田は取り調べ・裁判中に多重人格を思わせる奇行を繰り返し、国選弁護士(樹木希林)が刑法第39条を理由に精神鑑定を依頼する。精神鑑定人となった教授は犯行当時柴田に責任能力がなかったと診断するも、助手の小川香深(カフカ鈴木京香)は疑問を抱き、独自に調査を開始する。

 被告人の柴田よりも、周りの人間の方が精神を病んでいるようにみせてくる演出となっている。特に始終思い悩む香深と、不敵な笑みでガムを噛みながら、彼女とともに調査する刑事の岸部一徳が妙である。

 

9・森田芳光『黒い家』(1999)

 

 不穏さは森田芳光の十八番である。生命保険の金沢支店で販売員を務める若槻(内野聖陽)は、加入者の家で、少年の首吊りの「第一発見者」となる。死亡保険の審査が長引き、若槻はその父親にしつこく付き纏われる。調査するうちに、そこの夫婦(西村雅彦、大竹しのぶ)は保険詐欺の常習犯らしいことがわかる。

 夫妻のプロファイリングにおいて、最近になって急速に日本語の中に普及した「サイコパス」という言葉がキーワードとして出てくることに、森田芳光の先見の明を感じる。だが妻の大竹しのぶが、サイコパスという言葉では収まりきらないほどの恐怖を与えてくる。

 原作は貴志祐介の小説(角川ホラー文庫)。刊行直後に発生した和歌山毒カレー事件の際にも話題になった。

 

10・森田芳光模倣犯』(2002)

 

 森田芳光は作品の出来不出来が激しいとはよく言われるし、実際にそうである。『模倣犯』も、興行収入的には成功したものの、原作者の宮部みゆきが激怒して試写会を中座したように、人物造詣が見事であった原作小説を愚弄したと批判される。特に結末のひどさは語り種となっている。とはいえ、今日から見れば『模倣犯』の映画は映画なりに興味深い。

 森田はインターネットに早くから関心を抱いていた。パソコン通信で繋がる男女の恋愛を描いたハートフルな『(ハル)』(1996)が高く評価されているが、逆に『模倣犯』はネット社会の俗悪さをうまく表現している。90年代以降の日本のネット社会の実情は、『(ハル)』よりも『模倣犯』の予見の方が近かったのではないだろうか。

 連続女性誘拐殺人事件が世間を賑わす中、ピースと名乗る犯人(中居正広)がテレビのワイドショーを舞台に愉快犯的行動を繰り返し、不明者の父親(山崎努)が翻弄されながらもそれに立ち向かう。しかし映画の主役は、これら俳優ではなく、氾濫するメディアと視聴者、顔なきネットユーザー達の言葉の海にある。渋谷のスクランブル交差点の大画面でワイドショーが映され、草創期のYahoo!  JAPANの掲示板では、独特なハンドルネームを持ったネットユーザーたちの無責任だが個性的な意見が飛び交う。

 映画の途中、犯人の要求で、ワイドショーで犯行の実行中継が流される。その映像がスクランブル交差点に写し出され、通行人らが釘付けとなる。そして山中で車を運転している爆笑問題の二人が同じ映像をガラケーワンセグで見ている。テレビタレントを無意味に起用したとしてしばしば批判されるシーンではあるが、覗き見的なネットユーザーの俗悪さというものがうまく滲み出ている場面であると思う。また、森田芳光特有の、意味不明な不穏なカットが何回かサブリミナル効果のように挿入され、異様に心に残る。

 映画版『模倣犯』は、確かに物語としては破綻しているが、その感覚はインターネットのアングラさを確実に捉えていたと評価すべきである。そう考えると、中居正広のあの無茶苦茶な最期も、現代に氾濫するクソコラを先取りしたものということになるのだろうか……。

 

 

<あの頃映画> 砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

<あの頃映画> 砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

  • 出版社/メーカー: SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
  • 発売日: 2013/01/30
  • メディア: DVD
 

 

 

家族ゲーム

家族ゲーム

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

地獄の警備員 [DVD]

地獄の警備員 [DVD]

 

 

 

予兆 散歩する侵略者 劇場版 [DVD]

予兆 散歩する侵略者 劇場版 [DVD]

 

 

 

DRAMADAS 黒沢清×椎名誠の摩訶不思議世界 もだえ苦しむ活字中毒者/よろこびの渦巻 [DVD]

DRAMADAS 黒沢清×椎名誠の摩訶不思議世界 もだえ苦しむ活字中毒者/よろこびの渦巻 [DVD]

  • 出版社/メーカー: エースデュース
  • 発売日: 2005/04/22
  • メディア: DVD
 

 

 

旅のおわり世界のはじまり [DVD]

旅のおわり世界のはじまり [DVD]

 

 

 

震える舌

震える舌

  • 発売日: 2017/03/01
  • メディア: Prime Video
 

 

 

39 刑法第三十九条

39 刑法第三十九条

  • 発売日: 2014/04/01
  • メディア: Prime Video
 

 

 

黒い家

黒い家

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

模倣犯 [DVD]

模倣犯 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2002/12/21
  • メディア: DVD