Дама с Рилаккумой

または私は如何にして心配するのを止めてリラックマを愛するようになったか

2020年に観た邦画ベストテン

2020年に観た邦画ベストテン

 

 1・黒沢清『スパイの妻〈劇場版〉』(2020)

2・野村芳太郎『疑惑』(1982)

3・野村芳太郎『鬼畜』(1978)

4・野村芳太郎『張込み』(1958)

5・野村芳太郎ゼロの焦点』(1961)

6・野村芳太郎『真夜中の招待状』(1981)

7・宮崎駿千と千尋の神隠し』(2001)

8・宮崎駿もののけ姫』(1997)

9・今敏『パプリカ』(2006)

10・阪本順治『顔』(2000)

 

1・黒沢清(1955-)『スパイの妻〈劇場版〉』(2020)

 

 怪談の特性の一つに反復にある。全く見覚えのないものに対して人は恐怖し得ない。過去のイメージの反復の中にあるわずかな差異をもってはじめて恐怖を認識し得る。

黒沢清が90年代にJホラーの旗手として卓越していたのも、その映像スタイルが反復をもとにしたものであったからではないか。世界的に知られるきっかけとなった『CURE』(1997)では様々なシーンが微妙に意味を変えながら反復され、『クリーピー 偽りの隣人』(2016)では事件の反復がサスペンスを生んでいる。『散歩する侵略者』『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(ともに2017)は同じ戯曲が原作であり、ストーリーの起点は同じであっても、終盤に向けて徐々に差異が広がっていって決裂する。さらにいえば、哀川翔前田耕陽主演のVシネマシリーズ『勝手にしやがれ!!』(1994-1996)では、撮影スケジュールの都合上、二作品ごとに冒頭のシーンやセットが使い回しになっている。

 『スパイの妻〈劇場版〉』はストーリーの中に多くの反復が発生し、黒沢清の過去のフィルモグラフィーの反復も含み、ヒッチコックアンゲロプロス山中貞雄といった世界の映画史の反復も潜んでいる。何より映画そのものがNHK BS放送の特別ドラマを再編集して出来上がったものであった。

 昭和十年代、神戸の貿易商(高橋一生)は満洲に渡った際にあるものを目撃し、密かに世界に向けて告発の用意を進めていた。その妻(蒼井優)は夫に対する疑惑と愛情の間で揺れ動く。

 古典的なサスペンス、ホラー、メロドラマ、スパイもの、戦争ものの定石を取り入れながらも、それを微妙に踏み外しており、過去の映画の記憶を忠実になぞる厳格さと、肩透かしを食らわせる意地悪さとが同居している。

 ところで高橋一生の表情だが、どうもリヒャルト・ゾルゲの顔に意識的に似せているような気がする。これもまた黒沢清の反復に蝕まれて出来上がった錯覚であろうか。

 

2・野村芳太郎(1919-2005)『疑惑』(1982)

 

疑惑

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  法廷ドラマが苦手である。正直なところ発言の順番を待っているのが退屈なのだ。その点『疑惑』の容疑者である桃井かおりは審理プロセスを無視して不規則発言を連発してくれるから飽きさせない。

 社長である夫と乗っていた車が富山港から転落し、妻の球磨子(桃井かおり)だけが助かる。夫には3億円の保険金がかけられており、詐欺・恐喝の前科者で水商売上がりの球磨子が、マスコミのバッシングの中容疑者として逮捕される。佐原律子岩下志麻)が球磨子の弁護士を引き受けるが、弁護中にその球磨子から激しく罵倒される。

 松本清張の原作は地元新聞記者の視点から語られるが、映画版では容疑者と弁護士の女性二人に焦点があてられる。ふてぶてしい桃井かおりと、冷徹に無罪を立証しようとする岩下志麻とがストーリー上でも画面構図上でも対照的に描かれている。二人は終始対立し憎み合うが、家庭に束縛されず奔放に生きる女と、職業的・経済的に自立した女との、ホモソーシャルな男性社会を迂回した奇妙な「悪女」同士の繋がりが、セジウィックの用語をもじったところの「女同士の絆」を感じさせる。

 

3・野村芳太郎『鬼畜』(1978)

 

 

鬼畜

鬼畜

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 監督の野村芳太郎松本清張作品を数多く手掛けたが、印象に残る場面は原作に存在しないものが多い。有名な『砂の器』(1974)の道行も原作にはほとんどない場面であった。『鬼畜』も原作のラストに付け加えたシーンが感嘆すべきものとなっている。

印刷業を営む宗吉は不倫相手との間に三人の子供がいたが、経営の悪化で仕送りが滞っていた。たまりかねた相手は家に押しかけ、子供をおいて蒸発する。怒り狂った妻は、子供らを消すように宗吉に命令する。末っ子は育児放棄で衰弱死させ、次女は東京のデパートに置き去りにした。しかしすでに物心のついている長男はなかなか棄てることができない。

 最後のシーンは正反対の解釈ができる。ストーリーが終了したあともその二重のしこりが心を支配する。

 

4・野村芳太郎『張込み』(1958)

 

 

松本清張 張込み

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 原作者の松本清張もそうだが、監督の野村芳太郎も鉄道に入れあげていた。清張と初めてコンビを組んだ『張込み』の冒頭は特に異様である。

 横浜駅から二人の刑事が東海道本線の三等車に駆け込む。蒸し暑い中、通路に新聞紙を敷いて寝、席が空くまで待ち続ける。そうして、山陽本線鹿児島本線長崎本線を乗り継ぐ。うだるような社内の暑さの中、爆音をあげて走駆する蒸気機関車と、西へ漸進していく駅名標。十分強にも及ぶ長旅ののち、佐賀の旅館にたどり着いた刑事が発した「さあ、張込みだ!」の掛け声とともに、『張込み』のオープニングクレジットが始まる。

 東京での強盗殺人事件の犯人がかつての恋人を訪ねてくるはずだと睨み、その家の前の旅館で張込むこととなった。横浜から乗車したのは、在京マスコミに察知され、現在は犯罪とかかわりのない彼女の生活が乱されないようにするための配慮であった。昔の恋人(高峰秀子)は吝嗇な夫の後妻となっており、つまらない家庭に閉じ込められている。かつて恋をしたとは信じがたい女の生気のなさに刑事らはうろたえ、本当に男が訪ねてくるのか疑心暗鬼のまま、終わりのみえない張込みに苛立っていく。

 急展開する終盤で、高峰秀子が一瞬の生の輝きをみせる。

 

5・野村芳太郎ゼロの焦点』(1961)

 

 

ゼロの焦点

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 北陸で失踪した新婚の夫の行方を追う妻の姿を追って、北陸の荒涼とした自然と敗戦後の混乱が生んだ悲劇を描く。能登金剛のヤセの断崖での告白シーンは、のちのサスペンスものの定番となった。

 先に野村芳太郎の映画は清張の原作に付け加えるところが素晴らしいと述べたが、削り方も別格である。冒頭、新婚旅行で一緒に風呂に入り、夫から「君の身体、若いね」と声をかけられたとき、「そんな、誰かと比べるような言い方をなさらないで……」と独白が入る。原作ではこの箇所はかなりくどく説明されているのだが、この独白だけで、夫の隠された過去と女の存在が暗示される。

 

6・野村芳太郎『真夜中の招待状』(1981)

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 野村芳太郎といえばやはり松本清張原作の映画で広く知られているが、それ以外にも長い監督生活で幅広いジャンルを手掛けている。芸術家というよりは職人気質の監督で、松竹の会社員としてそつなく仕事をこなしていった。そのためか、どんな映画でもしっかりまとめている。

 『真夜中の招待状』はジャンル分けが難しい。遠藤周作の原作『闇の呼ぶ声』(ぶんか社文庫)からも脱線していき、ミステリーかと思いきや、ホラー、オカルト、差別問題、ロマンスへとジャンルが転々としていく。

 婚約者の兄たちが次々と失踪していき、婚約者もいなくなるのではないかという不安から圭子はノイローゼに陥る。精神科の診察を糸口に、彼の家族の秘密が明らかになっていく。

 映画の全篇でサブリミナル効果がポイントとなっている。謎に迫る中で圭子らは催眠術を研究している大学教授の丹波哲郎の実験室で映像を見せられる(丹波自身も晩年は心霊研究に熱中した!)。公園で遊ぶ子供たちをおさめたフィルムであるが、丹波は、これをみていたら無性にタバコが吸いたくなったはずだ、というのもタバコのカットが挿入されていてそれが無意識に働きかけているのだ……と解説する。劇中の登場人物だけでなく、映画を観る者にも向けられた映像でもあろうが、タバコを吸いたいという気持はいっさいおきなかった。サブリミナルでポップコーンのショットを映画に入れたら売れ行きが上がったなどという実験は実際には作り話であるし、そもそもタバコは吸わないし……。映画を観終わったあとに立ち寄ったコンビニではタバコには目もくれず、ペプシコーラを飲みたくなって久しぶりに買ってみた。

 あとで調べていて驚いたのだが、オープニングクレジットの空撮のシーンにおいて、ペプシコーラを飲む女性の写真が何度か挿入されていたのである……(ペプシなのは松竹系の劇場ではサントリーの飲料を売っていたためで、野村監督の茶目っ気と劇場の経営にも目配りする職人気質を感じる)。

 

7・宮崎駿(1941-)『千と千尋の神隠し』(2001)

 

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 ジブリの作品は意識的に避けてきた。どうも偽善的な気がするのと、みんなが絶賛しているので逆張りしたくなってしまったからである。とはいえ、金曜ロードショーの担当者も変わったらしいので、まとめて宮崎駿作品を観てみた。高畑勲はまだ一作も観ていない。

 結局宮崎駿とは相性が悪いというのは分かったが、例外的に『千と千尋の神隠し』と『もののけ姫』は良かった(しかしながら興行収入上位のこの2作が気に入ったということは、やっぱり根はミーハーなのだろうか?)。

 2作とも、労働のテーマが全面に押し出されている。『千と千尋の神隠し』では「やりがい搾取」的な雰囲気があり、左翼的に批判しがいのあるところはあるが、それでも(それゆえ?)心に残る作品ではある。

 

8・宮崎駿もののけ姫』(1997)

 

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 宮崎作品でエコロジーを扱ったものと言えば『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』であろう。環境批評の世界では、赤坂憲雄稲葉振一郎の論集も最近出版されたように、ナウシカの方が人気のようだが、そのメッセージにあまり納得がいかなかった。映画版よりも深いと評価されている漫画版(徳間書店)も読んでみたが、いまいちであった。

 ナウシカの方がディープエコロジーを志向しているように思えるが、人間中心主義を隠蔽しそれを引きずってしまっているように思えた。腐海が汚れるといっても、それは人間に住みよくなくなるということであって、自然環境の変化自体はそもそも人間の価値観からはニュートラルではないのか?

 一方『もののけ姫』は人間社会の工業・技術(それも網野史学の影響を受けた賤民としての)と原始資源の二極を描き、不可知なものは不可知なものとして留め置いている。ナウシカとは違うエコロジー批評の起点をみるべきである。

 

9・今敏(1963-2010)『パプリカ』

 

 

パプリカ

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 リュミエール兄弟に次ぐ映画草創期の監督ジョルジュ・メリエスは、手品師としてトリック撮影を多用した。『パプリカ』はアニメでしかできないトリック技法で人を食っており、メリエス的な映画の本義に近い。

 他人の夢にはいることのできる機械の盗難によっておきた夢と現実の倒錯を描く。原作は筒井康隆新潮文庫)。

 

10・阪本順治(1958-)『顔』(2000)

 

 

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 実家に引き籠っている姉が妹を衝動的に殺したことをきっかけに逃亡の旅に出る。喜劇役者の藤山直美が姉を演じていて、追い込まれていく中で逆に人生を楽しくしていくところに喜劇としての面白さがある。モデルは松山ホステス殺人事件で「七つの顔を持つ女」と呼ばれた福田和子である。