Дама с Рилаккумой

または私は如何にして心配するのを止めてリラックマを愛するようになったか

2022年に読んだ本ベストテン

1・徳田秋声『あらくれ・新世帯』(岩波文庫)

2・干刈あがた干刈あがたの世界』(全6巻、河出書房新社)

3・善教将大『大阪の選択 なぜ都構想は再び否決されたのか』(有斐閣)

4・井谷聡子『体育会系女子のポリティクス 身体・ジェンダーセクシュアリティ』(関西大学出版部)

5・ジェイ・B・バーニー『新版 企業戦略論』(全3巻、ダイヤモンド社)

6・遠山暁・村田潔・古賀広志『現代経営情報論』(有斐閣アルマ)

7・織田作之助夫婦善哉 決定版』(新潮文庫)

8・川端康成眠れる美女』(新潮文庫)

9・小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)

10・北村薫『雪・月・花 謎解き私小説』『水 本の小説』(新潮社)

 

 

1・徳田秋声(1872-1943)『あらくれ・新世帯』(岩波文庫)

 徳田秋声は前々からその名前を知りながら、十数年ほど読む契機がこなかった。

 最初に知ったのは、2020年に急逝した坪内祐三が、エッセイ集『人生天語』(文春文庫)において、神保町にある八木書店の『徳田秋聲全集』の完結を祝した回であった。地味で渋い作家、ということを何度も強調しながらも、夏目漱石谷崎潤一郎と並ぶ近代日本文学の三大文豪に挙げていた。坪内氏ほどの好事家がここまで評価する秋声という人物が気になった。

 それと同じ頃、読書家で知られた俳優の児玉清の自叙伝的な読書録『寝ても覚めても本の虫』(新潮文庫)を読んだ。読書家になったきっかけが秋声の『縮図』(岩波文庫)で引き込まれたからだと語られていた。『寝ても覚めても本の虫』はミステリーやエンターテインメント作品の紹介がほとんどを占めており(百田尚樹の『永遠のゼロ』が講談社文庫に収録されてからにわかに注目を集めたのも児玉清が文庫版解説で号泣しながら読んだと絶賛したこともあるだろう)、冒頭の純文学、それも自然主義作家の『縮図』だけが変に浮いているように思った。それが気になって『縮図』を手にしたが数頁読んでみて良さがわからず、同じ金沢出身の三文豪と呼ばれる泉鏡花室生犀星の名前は度々聞きおりにふれ読んできたものの、秋声だけはそれきり完全に縁が切れてしまった。

 2020年代に入ってから、間歇的に秋声のことを聞くことになった。

 はじめに遭遇したのは、岩波書店のPR誌『図書』2021年12月号の日本近代文学の研究者・大木志門氏のエッセイ「東京五輪の年に読む徳田秋声『縮図』」であった。そこでまず引用されていたのは、自然主義文学とは縁がありそうにもないビジネス誌ニューズウィーク日本版』の記事であった(「閻連科:中国のタブーを描き続けるノーベル文学賞候補が選ぶ意外な五冊」(2020年8月11日・18日合併号))。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2020/08/5-109.php

 挑撥的な作品により度々発禁となりながらノーベル文学賞の有力候補と言われている現代中国の作家である閻連科氏が選んだ一冊が「今日ではもはや日本の読者でさえ改めて読むこともない小説かもしれない」徳田秋声の『縮図』であった。マジックリアリズムの作風である閻連科が秋声を好むことに驚いた。

 さらに、岩波文庫での『あらくれ・新世帯』の刊行と『縮図』の増刷の背景には、DMMのゲーム「文豪とアルケミスト」で知った若年層からのリクエストが多かったことがあり、そのゲームにおいて美青年に転生した徳田秋声の人気は「如何せん目立たず存在感が薄いことは否めない」というキャラクター紹介にも関わらず、若者受けしそうな太宰治中原中也をもおさえているという!

 次に新潮社のPR誌『波』での北村薫氏の連載エッセイで不意に秋声が出てきた。様々な本の話題がつながっていくこちらのエッセイで、金沢出身の鏡花と犀星に続けて、秋声の逸話が語られ、そのまま北陸新幹線で金沢の徳田秋聲記念館での生誕150周年記念講演へと赴く。

 最後に『日本近代短篇小説選』(岩波文庫)の明治篇2に収録された短篇「二老婆」(1908)で再び秋声を読むこととなった。題名からしてあまり読む気はなく、アンソロジーとして義務的に読んだわけであるが、東京で貧困に喘ぐ二人の女性の生活の残酷さとそれをあくまで写実的に描写する冷淡ともいうべき筆致に衝撃を受けた。

 「あらくれ」は1915年に『讀賣新聞』で約100回にわたって連載されたが、毎回毎回主人公のお島が周囲の干渉に対して癇癪を起こし、その自己主張が当時の読者にも毎日強烈な印象を与えたことであろう。お島は養家からの結婚相手を拒絶して養家を出、日本中を彷徨しながら不甲斐ない男たちとの交流の傍ら自らの商売の道を切り開いていく。(秋声との関係は良好だったものの)反自然主義の位置にいた漱石が「あらくれ」を現実そのままを書いているだけで「その裏にフィロソフィーがない」と批判したことが有名だが、「あらくれ」は今日的な意味において紛れもなくフェミニズム文学であり、アクチュアルな意味合いで読み直されなければいけない作品である。

 

2・干刈あがた(1943-1992)『干刈あがたの世界』(全6巻、河出書房新社)

 干刈あがたは『ウホッホ探検隊』と『ゆっくり東京女子マラソン』というふざけたような題名の小説の作者としてのみ知っていたが、『戦後短篇小説再発見』の第4巻「漂流する家族」に収録されていた「プラネタリウム」に感動した。仕事が忙しくて家に帰ってこない夫を待つ妻とその息子たちが、楽しみを繕いながらなお隠せぬ寂しさを様子を描き、卑近な家庭風景の中に徐々に宇宙のイメージが入ってきて、ティッシュペーパーの箱で作ったプラネタリウムの底で妻子が愉悦に浸りながら漂流して終わる。

 干刈あがたは現在あまり読まれていない作家だが、離婚やシングルマザー、共働き、子育てといったテーマを扱った小説群はむしろ今こそ注目されなければいけないはずである。『ウホッホ探検隊』は離婚した母子家庭の手探りの交流を辿るが、息子の語る「僕たちは探険隊みたいだね。離婚ていう、日本ではまだ未知の領域を探険するために、それぞれの役をしているの」というように筆致は至ってユーモラスである。題名の「ウホッホ」もまた、離婚した父が家に来たときに躊躇いがちにする咳払いのことであり、微妙な感情の揺れ動きの中でも、離婚を必ずしも悲観的にとらえずむしろ新しい家族の形の創生として積極的・ユーモラスに模索していく。『ゆっくり東京女子マラソン』はPTAという文学ではほとんど扱われなかった舞台(強いて言えば筒井康隆の「くたばれPTA」くらい)にして女性が様々な問題をゆっくり乗り越えていく様子を描く。

 作者の早逝後刊行された『干刈あがたの世界』は、奥付を見る限りだと元々12巻を予定していたようだが、第一期の6巻のみで中断したらしい。干刈あがたの作品は朝日文庫河出文庫で『ウホッホ探検隊』が何度か再刊されているが現在あまり出回っておらず、それ以外の作品はほとんど見つけられない。この責任の一端は版元にあるといってよく、干刈がデビューしたのは福武書店が発行していた文芸誌『海燕』の新人賞であって、小説のほとんどが『海燕』に掲載後、福武書店から刊行、文庫化されていた。しかし出版事業に興味のない2代目社長になってから福武書店ベネッセコーポレーションに社名を変更し、文芸事業から完全撤退したため干刈作品のほとんどが絶版になってしまった。罪な話ではある。

 

3・善教将大(1982-)『大阪の選択 なぜ都構想は再び否決されたのか』(有斐閣)

 

 2018年の『維新支持の分析 ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣)で知られる政治学者が、2020年の大阪都構想の再度の敗北の謎を読み解く。

 2020年11月に行われた大阪都構想の可否を巡る2回目の住民投票、コロナ対応で吉村洋文・大阪府知事が人気を集め、また関西で強固な地盤のある公明党が国政で協力関係にある自民党と袂をわかち応援に回ったことにより、可決されるとの予想が多かったが、前回と同じように僅差で否決された。

 感情的な議論が紛糾しがちな維新政治であるが、この本は実証データをもとに実態を紐解いていく。維新の会そのものの分析だけでなく、有権者の政治行動やデータ分析の実践方法の教科書としても優れている。

 エキセントリックな言動で目立つ創設者の橋下徹や吉村知事の存在は主要な支持要因ではなく、維新の地元政策の効果を実感して緩く支持している支持者の方が多い(国政では維新ではなく自民党への投票が多い)。維新支持の理由の主たるものはこれまでの大阪府大阪市の二重行政の弊害打破への期待であったが、維新の登場によって相当の程度で改善された。逆に言うと、現状で維新のおかげでもう回っているから、わざわざ大阪都に移行するメリットを感じられなくなったという。維新政治の本丸であるはずの大阪都構想は、維新支持者によって逆説的に否決されたといえる。

 再び都構想が否決されたとはいえ、維新はその後も広く支持を集めている。都構想の支持者は相当数いたのだから、たとえ反対派であっても二重行政に関する問題は真摯に取り組まなければならないと釘を刺す。コロナ以降は独裁・権威主義体制の方が優れているという議論がにわかに広まったが、この本は地味な代議制民主主義の長所をも暗に示している。

 

4・井谷聡子(1982-)『体育会系女子のポリティクス 身体・ジェンダーセクシュアリティ』(関西大学出版部)

  これまで男性が中心であったサッカーやレスリングを主な題材として、日本の女子スポーツがをフェミニズム理論、クィア理論やポストコロニアル理論(この辺りは欧米での既存研究にはあまりみられない独自性がある)などを用いて分析する。「女らしくあれ」という要求と「女になるな」という要求とが同時に突きつけられる矛盾したフィールドのうちに孕む問題と可能性を探っていく。用いられる理論は決してわかりやすいものではないが、馴染みのある女子スポーツの見方を確かに変容させる研究書であった。

 

5・ジェイ・B. バーニー(1954-)『新版 企業戦略論』(全3巻、ダイヤモンド社)

 RBV(Resource Based View)の代表的研究者であるバーニーによって作成された企業戦略論のテクストで、MBAでも広く教科書として用いられている。RBVとは反対のポーターのポジショニング理論にも触れられており参考になる。

 

6・遠山暁・村田潔・古賀広志『現代経営情報論』(有斐閣アルマ)

 近年盛んに言われるようになったDX(デジタル・トランスフォーメーション)の教科書と銘打たれているが旧版の『経営情報論』は2003年に刊行されている。それだけに流行に囚われない確固とした社会学的・思想的な議論が展開されており類書と一線を劃す。

 開発手法やUI、データベースなどの基本的な話題にも触れながら、本書で一貫して主張されているのは、一回DXを取り入れれば解決するというような「技術決定論」はあり得ず、情報技術は人間と社会との軋轢を経ながら、徐々にそれらを変え、また変えられていくという思想である。

 

7・織田作之助(1913-1947)『夫婦善哉 決定版』(新潮文庫)

 甲斐性なしの男とそれに呆れながらも付き添って生計を立てていく女を描いていき、二人が法善寺境内の「めをとぜんざい」を食べて終わる。大阪弁の会話を基調とした文体は饒舌だが、それでいて不思議と引き締まっている。

 2007年に続篇の原稿が発見されており、新潮文庫の決定版はこの「続夫婦善哉」を併録している。時々ある文豪の習作や書簡の発見などとは比較にならないようなとんでもない発見であるが寡聞にして知らなかった。大阪・法善寺における「めをとぜんざい」を食べての終わり方は完璧であり、「夫婦善哉」によって大阪を象徴する作家となった織田作之助であったが、意外なことに「続夫婦善哉」は大分県の別府に舞台を移して新しい局面へと向かっている。

 

8・川端康成(1899-1972)『眠れる美女』(新潮文庫)

 川端康成は日本的な情緒を書いた作家とされるが、その感性は一般的な日本人とはかけ離れており非常に個人的なものであるように思われる。川端のそもそもの文学的出発点が、横光利一と同じ新感覚派であったことを考えると当然とはいえるが、『眠れる美女』は川端の異様な感覚を知るのに適した短篇集である。

 性的に不能になった老人が睡眠薬で眠らされている美女と添い寝をする「眠れる美女」、娘の片腕と一緒に過ごす「片腕」などを収めている。文庫版の解説は三島由紀夫で、「熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品」と川端文学の異常さを的確に指摘している。

 

9・小泉悠(1982-)『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)

 ウクライナ侵攻後に一般的にも著名となったロシア軍事専門家が、ロシア内での思想的なバックグラウンドをもとに現代ロシアの軍事戦略を分析する。距離的にはわずかしか離れていない根室国後島とで時差が2時間あるために発生するビザなし交流のトラブルなど、逸話のいちいちが面白く、西側には馴染みのないロシア側の安全保障的価値観を一通りする上で有益である。

 広大な領土と国境線を抱え、経済的に無理をして維持しているロシアの軍事力は見かけほど強くはないが、期待するほど弱くもないという観点に立つ。近年活潑化してきたロシア軍のウクライナコーカサス地方中央アジア、シリア、中国、北方領土、北極圏での動きを追い、独特な安全保障上の価値観を浮き彫りにする。エピグラフに2008年のNATOの会議においてプーチンがブッシュに言ったとされている「ジョージ、ウクライナは国家でさえないんだ!」という言葉が引用されていてゾッとする。

 

10・北村薫(1949-)『雪・月・花 謎解き私小説』『水 本の小説』(新潮社)

 年初から気が滅入ることが続いた2022年は、『波』に連載されているこちらのエッセイが癒しであった。

 ミステリー作家が純文学、ミステリー、詩歌、演芸、映画、テレビなどのエピソードを次々とあげていくエッセイ風の小説であるが、ほとんどが知らない話で、思わぬところへ謎が飛んでいき展開が読めない。博覧強記の優しいおじさんとしての語り口が毎回楽しみである。

 

その他のよかった本

『日本近代短篇小説選』(全6巻、岩波文庫

『現代小説クロニクル』(全8巻、講談社文芸文庫

『戦後短篇小説再発見(全18巻、講談社文芸文庫

岡本かの子『老妓抄』(新潮文庫)

松本清張『蒼ざめた礼服』『渡された場面』『隠花平原』(新潮文庫)

松本清張球形の荒野』(文春文庫)

沼野充義沼野恭子『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』(河出書房新社)

『日本近代随筆選』(全3冊、岩波文庫)

アーサー・コナン・ドイル『失われた世界』(創元SF文庫)

千街晶之編『伝染(うつ)る恐怖 感染ミステリー傑作選』(宝島社文庫)

頭木弘樹編『トラウマ文学館』(ちくま文庫)

風間賢二『怪異猟奇ミステリー全史』(新潮選書)

北村一真『英語の読み方 ニュース、SNSから小説まで』(中公新書)

シャーロック・ホームズで学ぶ英文法』(アスク)

河合香織『母は死ねない』(2023年に筑摩書房より刊行予定)

菊田雅弘裕『さっと読める! 実務必須の重要税務判例』(清文社)

『21世紀中小企業論 第3版』(有斐閣アルマ)

小泉悠『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』(PHP研究所)

小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)

ヴィスワヴァ・シンボルスカ『瞬間』(未知谷)