Дама с Рилаккумой

または私は如何にして心配するのを止めてリラックマを愛するようになったか

2021年に観た洋画ベスト5

2021年に観た洋画ベスト5(旧作含む)。

今年はお仕事が忙しくてあまり観られませんでした…。

 

1・ロベール・ブレッソン『抵抗』(Un condamné à mort s'est échappé ou le vent souffle où il veut、1956、仏)

2・ロベール・ブレッソン『スリ』(Pickpocket、1958、仏)

3・キム・ボラ『はちどり』(벌새、2018、韓)

4・マーティン・マクドナー(Martin McDonagh、1970-)『スリー・ビルボード』(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri 、2019、米)

5・デヴィッド・リンチ(David Lynch、1946-)『エレファント・マン』(The Elephant Man、1980、英米)

 

1・ロベール・ブレッソン(Roberd Bresson、1901-1999)『抵抗 死刑囚の記録より』(Un condamné à mort s'est échappé ou le vent souffle où il veut、1956、仏)

 

 フランスの映画監督ロベール・ブレッソンは映画を「シネマ」ではなく「シネマトグラフ」と呼び、出演者は職業俳優ではなく「モデル」を使用した。

 『抵抗』はブレッソンの「この物語は真実だ。私は飾らずそれ自体を提示する」という宣言で始まる。禁慾的なまでに削ぎ落とした蕪雑さのないブレッソンのシネマトグラフは観る者に極度の緊張を迫る。

 『抵抗』はフランスの対独レジスタンス戦士が脱走に至るまでの実話をシネマトグラフにしたものである。映画のほとんどを占めるのは閉鎖的な独房、主人公の独白、限られた囚人達とのコミュニケーション、ドイツ人看守のたてるかすかな音に怯えながら徐々に進んでいく脱獄の準備であり、徹底したミニマリズムが貫かれている。それでいながら強烈なサスペンスを生んでいる。

2・ロベール・ブレッソン『スリ』(Pickpocket、1958、仏)

 ブレッソンは、モデルの感情表現を抑圧する代わりに、手の動きと視線とで人間を表現した。スリはまさにそのような表現にふさわしい題材であった。華麗なスリの手口を中心に据えて、犯罪に熱中していく貧しい若者と彼の孤独な心境をスリリングに描く。

 

3・キム・ボラ(김보라、1981-)『はちどり』(벌새、2018、韓)

はちどり [DVD]

はちどり [DVD]

  • パク・ジフ
Amazon

 ポン・ジュノの『パラサイト』(2019)が世界的に注目されていた中、キム・ボラの長篇デビュー作となる『はちどり』も国内外で高い評価を得た。

 1990年代のソウルの集合住宅に住む14歳の少女ウニの目から、民主化から間もない韓国社会に潜む不安、何か心安らぐことのできない家族と学校、ボーイフレンドとの諍いと後輩女子とのシスターフッドの揺れ動き、自分の話に耳を傾けてくれる漢文塾の女性教師とのつながりが描かれる。

 不幸とはいえないまでもどこか居心地の悪い現代社会における光を指し示す。 

 

4・マーティン・マクドナー(Martin McDonagh、1970-)『スリー・ビルボード』(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri 、2019、米)

 ミズーリ州の田舎町の道路に真っ赤な三つの広告が現れ、街の人々を動揺させる。それは娘の暴行死の捜査が進まないことに憤った母親(フランシス・マクドーマント)が設置したものであった。

 警察への擁護と広告への嫌がらせが広まっても、母親は姿勢を崩さない。それでも消極的な援助と積極的な協力が集まっていき、母親は真相に迫っていく。

 警察は必ずしも悪玉ではない。署長は街の人々に愛される善良な人間で母親の心痛も十分に理解している。実際には母親の強烈な執着の方が非難されるべきものではあろう。それでも母親の不屈の力に思わず心動かされる。特に母親に嫌悪感を露わにして露骨な妨害を行為をしてきた暴力警官のサム・ロックウェルが母親に肩入れし出すようになるところは、人間関係が変化する瞬間を美しく剔出している。

 

5・デヴィッド・リンチ(David Lynch、1946-)『エレファント・マン』(The Elephant Man、1980、英米)

 19世紀のイギリスに実際にいた畸形の男性の半生を題材にする。

 「エレファント・マン」として見世物小屋に立たされていた男性メリックに興味を抱いた医師(アンソニー・ホプキンス)は、病院に引き取り研究対象とする。治療を進めていく中、メリックには意外な知性と品位を備えていることに気づく。

 困難な差別を乗り越えていく感動的な作品であるが、わずかながらにしこりが残るのも事実である。映画の原初的な形態が見世物であったように、『エレファント・マン』を観る者にも或る種の見世物みたさの気持があったために、この映画を観ようと思ったのではないだろうか。実際に映画のポスターでは、メリックの顔は布で覆われ、映画本篇でなければその容貌は確認できない。そして監督のデヴィッド・リンチもまた、グロテスクな表現を得意とするカルト監督なのである。我々の裡に潜むこのような差別的傾向があることも忘れず分析するべきであろう。