2016年に読んだ本ベスト10。
1・田中眞澄『小津安二郎周游』(全二冊、岩波現代文庫)
2・エリアス・カネッティ『眩暈』(池内紀訳、法政大学出版局)
3・ロベルト・ボラーニョ『2666』(野谷文昭・内田兆史・久野量一訳、白水社)
4ギュスターヴ・フローベール『ブヴァールとペキュシェ』(鈴木健郎訳、岩波文庫)
5・ダニイル・ハルムス『ハルムスの世界』(増本浩子・ヴァレリー・グレチュコ訳、ヴィレッジブックス)
6・セルゲイ・ドヴラートフ『わが家の人びと ドヴラートフ家年代記』(沼野充義訳、群像社)
7・金森修『動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学』(中公新書)
8・竹内政明『読売新聞朝刊一面コラム 編集手帳』(現在三十巻まで刊行、中公新書ラクレ)
9・原武史『大正天皇 』(朝日選書)
10・橘宗吾『学術書の編集者』(慶應義塾大学出版会)
1・田中眞澄(1946〜2011)『小津安二郎周游』(全二冊、岩波現代文庫)
蓮實重彦のことを無視しても小津安二郎のことは語ることはできるが、田中眞澄(まさずみ)の調査を無視することは不可能だろう。単著はわずか六冊しか残していないが、どれも徹底した資料渉猟によって成り立っている。文章は対象への愛に溢れ、鋭い指摘を有しながら、過剰に陥ることはなく簡勁である。お手本にしたい文章家である。
2・エリアス・カネッティ(1905〜1994)『眩暈(めまい)』(池内紀訳、法政大学出版局)
ノーベル文学賞を受賞した、群衆研究で知られる思想家の唯一の小説。自宅に図書室を持つ偏屈な中国学者の思索的生活は結婚によって崩潰していく。図書室の本が狂気に晒されていく様子が、グロテスクなまでに緻密に描かれる。「群衆と権力」の観点からみると疑問の尽きない難解な小説であるが、とりあえず読書家には悪夢のような小説である。
3・ロベルト・ボラーニョ(1953〜2003)『2666』(野谷文昭・内田兆史・久野量一訳、白水社)
「アルチンボルディ」という謎の作家を巡って、壮大なスケールで展開される一大長篇。巧妙に張り巡らされたプロットが文学の愉しみを再認識させてくれる。何度も読み返したい。
4・ギュスターヴ・フローベール(1821〜1880)『ブヴァールとペキュシェ』(鈴木健郎訳、岩波文庫)
フローベール最後の長篇。知的談義で意気投合した初老の男二人は偶然手に入れた遺産を元手にひたすら勉強する。園芸学、医学、天文学、宗教学、政治哲学、神学、教育学などありとあらゆることを興味の赴くままに学んでいく。それで二人は何を得たのかというと、特に何も得ていない。ブルジョワ的な学問の世界に溺れていく様子が滑稽でもあり羨ましくもある。
5・ダニイル・ハルムス(1905〜1942)『ハルムスの世界』(増本浩子・ヴァレリー・グレチュコ訳、ヴィレッジブックス)
ペレストロイカ以降作品が公表され、世界中でカルト的な人気を誇っているハルムスの傑作選(未知谷からも出版されているが、翻訳が劣悪である)。
ハルムスの多くの作品は数行で終わってしまう。どれも起承転結がなく捉えどころがないがその不条理に独特の味がある。しかしハルムスの作品と生涯を知っていくにつれ、ハルムスを取り巻くソ連社会の方がよほど不条理なのだということに気づいてしまう。1942年に、「ちょっと下まで」と呼ばれたハルムスは部屋を出て、それっきり戻ってこなかったという。
6・セルゲイ・ドブラートフ(1941〜1990)『我が家の人びと ドヴラートフ家年代記』(沼野充義訳、群像社)
ロシア・ソ連では亡命作家がかなり重要な地位を占めるが、ドヴラートフはごく平凡、大それた理想を持ってはいない亡命者であるということで、逆説的に特殊な位置にいるだろう。『我が家の人びと』はごく普通の家族の記録(ホラ話も)であるが、そのために親近感を覚え、哀歓を呼び起こされる。もちろん普通の人間の生活を普通に描けることは普通のことではない。
7・金森修(1954〜2016)『動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学』(中公新書)
タイトルの問題をめぐって、西欧の思想家たちはどのように考えてきたかを厖大な研究をもとに解き明かしていく。本書の結論はごくありきたりのものであるが、著者の厚い思想的基盤を踏まえれば、その結論の言葉の重みに感動してしまう。
8・竹内政明(1955生)『読売新聞「編集手帳」』(現在第三十集まで刊行、中公新書ラクレ)
新聞一面コラムの中でも特に名文として評価の高い讀賣新聞の「編集手帳」を2001年分から収録している。当時を思い起こすよすがとして。
9・原武史(1962生)『大正天皇』(朝日選書)
明治天皇、昭和天皇がよく語られる一方で、等閑視されている大正天皇が実は、文化的な側面、特に現代日本における象徴としての天皇の基礎を作りあげたという点で大きな功績を残していると再評価する。大正天皇のイメージが完全に覆るというスリリングがあるが、史料解釈がやや恣意的か。
10・橘宗吾(1963生)『学術書の編集者』(慶應義塾大学出版会)
著者は名古屋大学出版会の編輯者。商業性と非商業性、専門性と一般性との間にある学術出版の世界を紹介する。
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読売新聞朝刊一面コラム - 編集手帳 - 第三十二集 (中公新書ラクレ)
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