Дама с Рилаккумой

または私は如何にして心配するのを止めてリラックマを愛するようになったか

2015年に読んだ本ベストテン

 2015年に読んだ本ベスト10作品。

村上春樹村上春樹全作品 1990~2000 第6巻 アンダーグラウンド』(講談社
地下鉄サリン事件被害者へのインタビュー集。
97年発表の『アンダーグラウンド』を境に、春樹の作風は明らかに変化している。巷でしばしば、「やれやれ」と揶揄されるようなやる気のない初期の主人公達が、『アンダーグラウンド』後は、積極的に行動するようになっているのである。
そう考えると、『1Q84』(新潮社)で、日本ではほとんど忘れられていたチェーホフルポルタージュサハリン島』への言及が突然現れたのも故無しではない。『サハリン島』以降のチェーホフの世界が変質したように、春樹もまた『アンダーグラウンド』、そして同時期の阪神淡路大震災を機に変化していったのである。『アンダーグラウンド』は春樹にとっての『サハリン島』なのである。
一応村上春樹の作品というわけだが、春樹本人の手によるものはまえがき、あとがきとインタビューした方々に関する若干の説明、印象だけである。インタビューの内容には若干の脚色はあるだろうが、それぞれの人の言葉である。それなのに、『村上春樹全作品』において、春樹的な世界を味わえたのはフィクション以上に、この『アンダーグラウンド』であった。ところで、久しぶりにノンフィクション作家として今年度のノーベル文学賞を授与されたスベトラーナ・アレクシエーヴィチ(ベラルーシ)の『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)もまた、原発事故の被害者の声で成り立っている。様々な個人の声がこれほどの感動を呼ぶのはなぜだろうか。その理由を知るには先ず、近代文学が作者の独自性や個性の重視に偏重してきた歴史を批判的に検討しなければならないだろう。
アンダーグラウンド』には、なすこともなくおびえる人もいれば、加害者への怒りをあらわにする人も、わが身を省みず積極的に救助する人もいる。
或る人の淡々とした話が忘れられない。軽症のため病院で治療をうけるだけで済み、帰宅した。妻にその日の事件のことを話したが、終始無関心だった。まもなく離婚した。

ハーマン・メルヴィルアメリカ)『白鯨』(八木敏雄訳、岩波文庫
物語に入る前に、「鯨」のヘブライ語ギリシア語、ラテン語、古英語、ドイツ語、スウェーデン語、フィジー語の名称が羅列されていて、嫌な予感がするのだが、まさしくその通りになる。エイハブ船長のモービィ・ディック(白鯨の名前)への血湧き肉躍る復讐譚のはずなのだが、饒舌な語り手が勝手に鯨に関する薀蓄を延々と語り続け、百科事典と化す。ポストモダンとは何かがよくわかる。
なお、コーヒーチェーンのスターバックスはこの物語の登場人物スターバックからとったものである。公式には、創業者の一人が、スターバックがコーヒー好きということにちなんでつけた、ということになっているらしいが、作中ではスターバックはコーヒーが好きとはまったく書かれていない。一回だけ船員がコーヒーパックをもってくる描写があるので、そこから適当に採ったというのが事実であろう。これもまた『白鯨』的薀蓄。

レイモンド・カーヴァーアメリカ)『THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER』(村上春樹訳、中央公論新社
村上春樹を知るには先ずカーヴァーを知った方がよい。さえない人間でも小説になるる見本。版元の中央公論社が途中で経営破綻したものの、なんとか完結した全集。

ミルチャ・エリアーデルーマニア)、アルベルト・モラヴィア(イタリア)『マイトレイ/軽蔑 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-3)』(河出書房新社
エリアーデはフランス語の宗教学著作の方で知られているが、ルーマニア語で小説を書いてもいる。留学先のカルカッタの少女マイトレイとの接近と反目を通して、異文化を探る。異文化の問題は、ヨーロッパとインドの間だけではなく、夫婦の間にも存在するということがわかるのがモラヴィア。夫は妻の突然の不機嫌の原因が思いあたらず、結局、妻の事故死により何も分からずじまいとなる。

⑤ 呉明益(台湾)『歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)』(天野健太郎訳、白水社
アジア圏の文学も忘れてはいけない。『歩道橋の魔術師』は、台北の集合住宅を舞台にし、一見日本でもどこにでもありそうな懐かしさを与える一方で、不思議な魔術の世界と通じている。

エドワード・モーガン・フォースター(イギリス)『ハワーズ・エンド (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-7)』(吉田健一訳、河出書房新社
ジョージ・オーウェル(イギリス)『オーウェル評論集 』(小野寺健編訳、岩波文庫
テロ事件を機に、自由から秩序へと、どんどん1984年の方向に向かっていっている中(そもそもインターネットを使っている時点で管理されているとも云えるようだが)、オーウェルのあくまで毅然とした態度には圧倒される。しかし、世間に歯向かっては生きていけないのが大概の人間であり、フォースターが時代の中でびくびくちびちび執筆しているのも魅力的である。

荒川洋治本を読む前に』(新書館
現代詩作家を名乗る作者のエッセイ集。荒川洋治は難解な詩で知られる一方、1992年から2004年まで産経新聞の文藝時評を担当し、世評の高かった村上春樹大江健三郎の作品を批判するなど辛口の批評で知られた。文壇に阿らず、「宮沢賢治研究がやたらに多い。研究に都合がいい。それだけのことだ」と詩に書いて物議を醸し、『ゲド戦記』の挿入歌の歌詞が萩原朔太郎の詩と酷似していること(そのこと自体というよりもオマージュであることを殆ど公表していないこと)を批判して、「作詞・宮崎吾朗」を「作詞・萩原朔太郎、編詞・宮崎吾朗」に変更させたなかなか怖い人である。
『本を読む前に』は文字通り、本を読む前に人間としてあたりまえのことはやれ、できないなら文学なんか読む意味はない、と読書人ぶって偉ぶる似非文学通を糾弾するエッセイが中心である。読んでいてわが身に思い当たる節がたくさんあるのが痛い。

大沼保昭「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(中公新書
アジア女性基金」など、歴史問題解決に尽力しながら、国内外、左右どちらからも批判され続けた著者の悲痛な思い。複雑な歴史背景を踏まえて、「聖人」の解決ではなく、「俗人」の妥協の重要性を訴える。

⑩ ヴェルメシュ(ドイツ)『帰ってきたヒトラー 』(森内薫訳、河出書房新社
 ナチス礼賛が厳しく制限されるドイツでなぜ出版できたのか不思議だが、面白い。自殺したはずのヒトラーが現代のドイツにタイムスリップしてしまった。彼はヒトラーそっくりのコメディアンに仕立て上げられ、毒舌ユーチューバーとして人気を博す。
 はじめ、本物のヒトラーだとは思わない周囲の人々との会話のずれや、マインスイーパーで地雷撤去のミッションに励むヒトラーの滑稽さに笑ってしまうが、秘書的役割の女の子へ恋愛アドバイスをしたり、極右を論破したがためにネオナチに襲撃されたりする後半になると、いつの間にかヒトラーに感情移入してしまっているという恐ろしさがある。
 ヒトラーは人間として非常に魅力的であり、現代のヨーロッパでも、表にはだせないがこのようなカリスマ的存在への待望の思いが残っているのかもしれない。現にフランスでは一連の出来事が起こり、ドイツはいつの間にかユーロ圏の覇者とならざるをえなくなり、ポーランドでは民族主義政党が大勝した。

 

 

 

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)

 

 

 

大聖堂 THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER〈3〉

大聖堂 THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER〈3〉

 

 

 

 

マイトレイ/軽蔑 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-3)

マイトレイ/軽蔑 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-3)

 

 

 

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

 

 

 

ハワーズ・エンド (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-7)

ハワーズ・エンド (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-7)

 

 

 

 

 

本を読む前に

本を読む前に

 

 

 

 

 

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)