Дама с Рилаккумой

または私は如何にして心配するのを止めてリラックマを愛するようになったか

2019年に観た洋画ベストテン

2019年に観た洋画ベストテン。

1・ジム・ジャームッシュ『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991、米)
2・ジム・ジャームッシュゴースト・ドッグ』(1999、米仏独日)
3・ロジェ・ヴァディムルイ・マルフェデリコ・フェリーニ世にも怪奇な物語』(1967、伊仏)
4・ウディ・アレンタロットカード殺人事件』(2006、英米
5・モルテン・ティルドゥムイミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(2014、米)
6・ポン・ジュノ殺人の追憶』(2003、韓)
7・ビリー・ワイルダー『七年目の浮気』(1955、米)
8・ビリー・ワイルダー『昼下りの情事』(1957、米)
9・ビリー・ワイルダー異国の出来事』(1948、米)
10・ビリー・ワイルダー『熱砂の秘密』(1943、米)

1・ジム・ジャームッシュ(Jim Jarmusch, 1953-)『ナイト・オン・ザ・プラネット』(Night on Earth、1991、米)

 都会のタクシーは思わぬ接触の空間となる。社会的地位、職業、人種、家族形態、多種多様な人間が密室の中で困難を感じながらもコンタクトを取っていく。しかしながら、そしてこれがジャームッシュらしいところなのだが、目的地に着いてしまえば、運転手と乗客は永遠にまみえることはない。
 『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、トム・ウェイツのしわがれ声に誘われて、同時刻の、地球上の五つの都市、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを巡っていく。
 最初の都市、ロサンゼルスでは、配役で揉めている映画プロデューサーが、勝気な女性ドライバー(ウィノナ・ライダー)のタクシーに乗る。初めはドライバーの態度にうんざりしていたプロデューサーだが、次第に俳優としての素質があることに気づく。だが、タクシーである以上、二人は人生でまた一緒に仕事をすることはないことが運命付けられている。
 続くニューヨークでは、英語が苦手な東独からの移民ドライバーと家庭の問題を抱える黒人乗客、パリではコートジボワールからの移民ドライバーと盲目のパリジェンヌの話となる。コミュニケーション不全の中で、幾ばくかの希望と、アイロニーをまじえる。
 しかしながら第四のローマのおしゃべりで下品なタクシードライバーロベルト・ベニーニが今までの雰囲気をぶち壊す。最後のヘルシンキでは、アキ・カウリスマキ映画の常連であったマッティ・ペンロッパーがドライバーを務める。ペンロッパーの語る凄まじい人生の悲哀で映画は締めくくられる。

2・ジム・ジャームッシュゴースト・ドッグ』(Ghost Dog: The way of the samurai、1999、米仏独日)

 RZAによるヒップホップの音楽とともに、レクサスに乗って寡黙な黒人殺し屋「ゴースト・ドッグ」(フォレスト・ウィテカー)がやってきて、獲物をサイレンサーの銃で片付ける。そして去り際に、彼のナレーションで、鍋島藩士・山本常朝による『葉隠』の英訳の一節が音読される。これだけでかっこいい。
 ゴースト・ドッグはイタリアン・マフィアの幹部ルーイに忠誠を誓っている。若かりしゴースト・ドッグが窮地に陥っていたときに助けてくれた恩であり、武士として主に尽くすのは当然の忠義なのである。
 しかしゴースト・ドッグは忠義によって、板挟みにあうこととなる。彼は、イタリアン・マフィアのボスの一人娘ルイーズに手を出したメンバーを、ルイーズに気づかれないように始末するよう依頼される。守備よく仕事を終えたものの、その部屋にはルイーズが残っており、殺人の瞬間を見られてしまっていた。ボスたちは怒り狂い、ルーイにゴースト・ドッグを始末するよう命令する。
 強面のゴースト・ドッグであるが、武士道精神に則り、自らの通信手段である伝書鳩と、公園にいる友人二人には限りなく優しい。街中でアイスクリーム屋台を営むハイチ出身の黒人はフランス語(スペイン語風の響きに聞こえる)しか話さないが、ゴースト・ドッグとはちゃんと通じあえる。そして、ゴースト・ドッグの孤独を見抜いた黒人の少女パーリーンとも心を通じ合わせるようになる。『ゴースト・ドッグ』における日本文化は明らかにずれているものだろうが、むしろそのような異文化の衝突・混淆に重点が置かれており、さらに言えば本来の日本文化との乖離度合いなどどうでもよいほどにスタイリッシュになっている。
 ところで暗殺の現場に居合わせたボスの娘はゴースト・ドッグに、ちょうど読んでいた芥川龍之介の英訳“Rashomon”を貸しており、さらにそれをゴースト・ドッグは公園の女の子におすすめして又貸ししているが、一体何の小説のことをおすすめしているのだろうか。というのも、多くの日本人が思い浮かべるであろう「羅生門」といえば、教科書に載っていた小説の「羅生門」であるが、海外でよく知られている黒澤明監督の『羅生門』のストーリーは、物語の枠組みとして小説の「羅生門」が使われてはいるものの、ほとんど「藪の中」に拠っているからである(貸した本の表紙には映画版『羅生門』の三船敏郎と今年亡くなった京マチ子の絵がある)。最後に公園の少女が本の感想としてゴースト・ドッグに語る「日本って変な国。同じ事件のことを話しているはずなのに、人によって全然話が違うんだもん」という言葉で、「藪の中」らしいとわかる。

3・ロジェ・ヴァディム(Roger Vadim、1928-2000)、ルイ・マル(Louis Malle、1932-1995)、フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini、1920-1993)『世にも怪奇な物語』(Histoires extraordinaires、1967、伊仏)

 エドガー・アラン・ポーの三短篇を映画化。ルイ・マルによる「ウィリアム・ウィルソン」以外はあまり著名な短篇ではない。ジェーン・フォンダアラン・ドロンなどの名優がポーの怪奇小説を演じている。フジテレビのオムニバスドラマ『世にも奇妙な物語』はおそらくこの映画のオマージュである。
 最後のフェリーニの「悪魔の首飾り」が図抜けて怖い。ヴァディムとマルが昔を舞台にしていたのに対し、フェリーニはポーの原作を現代ローマにアダプテーションしている。それなのに最も幻想的なのはフェリーニである。
 イギリスのシェイクスピア役者トビー・ダミット(テレンス・マリック)は、アルコール中毒によって落ち目となっていた。そこに、フェラーリを報酬に、イタリアから映画出演のオファーが来る。ローマの空港で、彼はパパラッチ(フェリーニの『甘い生活』に由来する言葉)に囲まれるが、そこで白い鞠を持った少女を幻視する。退屈な取材、映画関係者パーティーの後、目当てのフェラーリを受け取るや、彼は漆黒のローマ市内をあてどなく爆走する……。実際に怖いのはほんの2、3シーンなのに、そのシーンの恐怖を倍長させるため、魔術的な映像が周到に用意されている。

4・ウディ・アレン(Woody Allen、1935)『タロットカード殺人事件』(Scoop、2006、英米

 イギリス滞在中のジャーナリスト志望の学生(スカーレット・ヨハンソン)は、ユダヤアメリカ人の手品師ウォーターマンウディ・アレン)のステージで、箱に入れられるが、その中で、最近死んだ著名ジャーナリストの亡霊に遭い、連続殺人事件の犯人のヒントを教えられる。手品師と協力して捜査を進めていくが、その過程で富豪の男(ヒュー・ジャックマン)と親しくなる。
 オカルト、マジック、犯罪、死、恋愛、ユダヤ人の自虐ネタといったウディ・アレンのお得意要素が詰め込まれている。イギリスの道路が左側通行であることをこれほど上質のギャグにできるのは、ウディ・アレンしかいないだろう。

5・モルテン・ティルドゥム(Morten Tyldum、1967-)『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(The Imitation Game、2014、米)
 
 イギリスの数学者アラン・チューリングは、コンピュータ科学とともに、人工知能研究の先鞭をつけた。映画では第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号機エニグマの解読任務に関して取り上げられている。しかしこの映画で露呈するのは、英国の栄光ではなく恥辱の近代史である。
イミテーション・ゲーム」の題名はチューリング・テストにちなむ。ブラックボックスを使って通常言語で会話した際に、判定者が中の会話者を人間か機械か区別できなかった場合に、機械はこの人工知能のテストに合格したとみなされる。チューリング・テストの考案者であるチューリングも、周りの人間とのコミュニケーション、当時のイギリスの厳しい社会規律に支障に悩み、周りの人間を模倣して生きてきた。
 映画の最後、チューリングがその功績を称えられて2013年にエリザベス女王により恩赦となったことが語られる。逆に言うと、チューリングのように特別な才能のなかった同性愛者達は、いまだに英国で名誉回復されていないということでもある。

6・ポン・ジュノ(1969-、Bong Joon-Ho)『殺人の追憶』(살인의 추억、2003、韓)
 
 真犯人は必ずどこかにいるし、おそらく同じこの映画を観ているに違いないというメッセージが込められていることに気づくと慄然とする。
 80年代の韓国で起こった未解決の連続女性殺人事件を題材にして、翻弄される刑事二人の苦悩を描く。ただ捜査が滅茶苦茶で、平気で拷問や証拠の捏造をするし、虚偽の自白で片付けようともする。ソウルから派遣された若い刑事がそれを窘め科学的な捜査を導入するが、解決の寸前で何度も捜査が後退するにつれて狂い始める。
 映画中で最も疑わしいのが、工場に勤める青年であるが、これまでの荒々しい男たちとは全く似つかわしくない美青年である。初登場のシーンでは、工場の控室で、黙々と本を読んでいる。もしかしたら真犯人ではなく、軍事政権時代の粗暴な韓国社会で抑圧されてきた無辜の犠牲者なのかもしれない。
 2019年になって、別の事件で服役中の男がDNA鑑定により犯人であると特定されたが、時効が成立している。

7・ビリー・ワイルダー(Billy Wilder, 1906-2002)『七年目の浮気』(The Seven Year Itch、1955、米)
 
 地下鉄の通気口でマリリン・モンローのスカートが捲れ上がっているシーンが有名になりすぎているが、本当の『七年目の浮気』の醍醐味は、室内の会話劇の妙にある。
 妻子がバカンスに向かった後、マンハッタンに残った紳士たちは束の間の浮気を楽しむ。しかし実直な出版社社員リチャード・シャーマン氏は、そのような浮気には禁慾を貫こうとする。しかし上階に短期間住み込見中の美女(マリリン・モンロー)と仲良くなってしまう。
 浮気の話となると、どうしてもしこりを残してしまいそうだが、なんの嫌味もないコメディとしてまとめられているのは、さすがワイルダーの職人芸である。
 

8・ビリー・ワイルダー『昼下りの情事』(Love in the Afternoon、1957、米)

 こちらも浮気の話なのに、爽快な映画となっている。
 パリでチェロを学ぶアリアーヌ(オードリー・ヘップバーン)は、私立探偵の父の事件簿を覗き見するのを楽しんでいる。浮気調査で父が撮った証拠写真に映った浮気相手のアメリカ人富豪フラナガン氏(ゲーリー・クーパー)に惚れる。しかし依頼主である寝取られ夫が今夜二人を射殺しにいくと言ったのが気になり、現場に向かい、機転を利かして二人を守る。その後、フラナガン氏からデートに誘われるようになる。
 映画の冒頭、「パリは愛の街……」とナレーションが入り、色々なカップルのキスシーンが挿入されているが、その中で、兵士の男二人がキスするシーンが入っている。何気なく入っているこのシーンからも、男女のラブコメディの名手ビリー・ワイルダーが、クィアなものにも目配りしていたことが窺える。
 

9・ビリー・ワイルダー異国の出来事』(A Foreign Affair、1948、米)

 邦題だとわかりづらいが、affairは多義的な意味がある。出来事のことでもあり、外交的な事件でもあり、男女のことでもある。
 アイオワ州選出の女性上院議員フィービーは、米軍統治下のベルリンを視察するが、米軍兵士の風紀の紊れに眉を顰める。そこに、ナイトバーで歌うエリカ(マレーネ・ディートリッヒ)が、ナチス高官の愛人であったとの情報が入る。しかし米軍内に彼女と親しくなった男がいるために手を出せないのだという。
 マレーネ・ディートリッヒの妖艶さとともに、敗戦国の惨めさというものも感じさせられる。
 

10・ビリー・ワイルダー『熱砂の秘密』(Five Graves to Cairo、1943)

 戦時中に取られた反ナチ映画である。キーパーソンは北アフリカ戦線で連合国軍を苦しめ続けた「砂漠の狐ロンメル将軍(1891-1944)である。連合国軍からも騎士道精神を称賛され、国防軍に所属しながら、ナチスの政策には批判的であり、ヒトラー暗殺計画に関与したとして自殺に追い込まれる。第二次世界大戦で責められてばかりのドイツ人が唯一誇れる軍人として、虚実が混じる英雄譚が多いこのロンメル将軍のエピソードに関しては、篠田航一『ナチスの財宝』(講談社現代新書)に詳しい。『熱砂の秘密』では映画監督にして怪優、エーリッヒ・フォン・シュトロハイムロンメルを演じる。
 独軍の猛追により砂漠を敗走するイギリス軍の一人のブランブル伍長は、アラブ人とフランス人のいるホテルへと逃げる。そこにドイツ軍が泊まりにきて、空襲で死んだボーイのふりをして難を逃れようとする。しかし死んだボーイはナチスのスパイであり、ブランブル伍長は偶然にもナチスの秘密情報に近づくことができる。そこにロンメル将軍もホテルに滞在することとなり……。映画の公開と同時並行で、ロンメル北アフリカ戦線で苦しめられてきたから、大団円という訳にはいかない。